2020/07/01

鹿苑寺(古都京都)

お待たせしました。金閣寺です。
足利義満*が別邸 北山殿として1397年に建立。義満の没後に禅宗寺院に改められる。義満の法号にちなむ鹿苑寺(ろくおんじ)が正式名称です。

3層からなる舎利殿(金閣)は、それぞれが異なる建築様式でありながら全体として調和する傑出した建造物としてその遺産価値が認められました。

舎利殿
初層は寝殿造り、第2層は書院造り、第3層は禅宗様

足利義満 1358-1408年
足利尊氏の孫。室町幕府第3代将軍。11歳で将軍となる。
有力守護の勢力を抑え、幕府の地位を確立。南北朝統一。明と国交を結び貿易を行う。京都室町に花の御所(将軍邸)、北山に金閣をつくる。五山制度整備。庇護した観阿弥・世阿弥 父子により能楽が大成。


参照: 世界遺産ふしぎ探検大図鑑 増補版 / 21世紀こども人物館(小学館)、世界遺産学検定 公式テキストブック1 概論+日本の遺産(講談社)、詳説 日本史図録 / 日本史B 用語集(山川出版社)、お寺の教科書(エイ出版社)、週刊 日本の世界遺産&暫定リスト08 古都京都 2(朝日新聞出版)

2020/06/28

西芳寺(古都京都)

苔寺の通称でも知られる西芳寺。日本最古の枯山水*とされる庭園が、後の日本の庭園様式に多大な影響を与えたとしてその遺産価値が認められました。

西芳寺(さいほうじ)
奈良時代に行基(ぎょうき)が開山した寺院を、室町時代の1339年に夢窓疎石(むそうそせき)**が禅寺として再興・作庭。上下段からなる庭園は国の特別名勝及び史跡に指定されており、上段は日本最古の枯山水とされ貴重。西芳寺の参拝は、往復はがきによる事前申込が必要で、参拝当日は本堂参拝(写経)の後に庭園拝観という流れです。

上段の枯山水は、西芳寺HPご参照ください。


庭園は約120種の苔に覆われています

下段は池泉回遊式庭園 2009.4.2 撮影


*枯山水 室町時代初めから禅宗寺院で多く見られるようになった庭園様式。石組みや白砂を用いて、山水自然景観を表現。

**夢窓疎石 1275-1351年
後醍醐天皇の要請で南禅寺の住職となり、後に足利尊氏の崇敬を受け天龍寺や西芳寺をはじめとする多くの禅宗寺院を開創・再興。禅の思想に基づく優れた庭園を数多く残した。


参照: 西芳寺公式HP、世界遺産ふしぎ探検大図鑑 増補版(小学館)、世界遺産学検定 公式テキストブック1 概論+日本の遺産(講談社)、日本史B 用語集(山川出版社)、週刊 日本の世界遺産&暫定リスト 08 古都京都 2(朝日新聞出版)

2020/06/26

あかあかや

あかあかや あかあかあかや あかあかや あかあかあかや あかあかや月   明恵


本文参照: 世界遺産 栂尾山 高山寺公式ホームページ、日本語1・2年生(世田谷区教育委員会)

2020/06/24

高山寺(古都京都)

川端康成がノーベル文学賞授賞式のスピーチで「月の歌人」と言及した明恵上人。その明恵が再興した古刹 高山寺のご紹介です。

774年創建の寺院を、1206年に明恵が高山寺と名付け再興。現存する国宝 石水院(せきすいいん)が、鎌倉初期の寝殿造建築の様式を伝える建造物としてその遺産価値を認められました。国宝 鳥獣戯画*を宝物とする事に加え、日本で初めて茶が栽培**された所としても知られています。


石水院南縁にて 10歳10ヶ月


茶園

世界遺産 栂尾山 高山寺の公式HPはこちらです。

*鳥獣戯画(ちょうじゅうぎが) 兎・蛙・猿などが擬人化されて描かれた日本初の漫画とも言われる絵巻。現在そのほとんどは東京と京都の国立博物館に寄託、高山寺にはレプリカが展示されています。上野の東京国立博物館で本年7月から予定されていた特別展は、来春へ延期されたようです。

**茶の栽培 栄西が中国(宋)から持ち帰った茶を明恵につたえた。


外部リンク: 世界遺産 栂尾山 高山寺公式ホームページ
参照: 世界遺産ふしぎ探検大図鑑 増補版(小学館)、世界遺産学検定 公式テキストブック1 概論+日本の遺産(講談社)、日本史B 用語集(山川出版社)、教科 日本語 哲学(世田谷区教育委員会)、特別展 国宝 鳥獣戯画のすべてHP

2020/06/21

紫式部

「源氏物語」・・ 日本古典文学の最高傑作とも世界最古の長編小説とも言わる大作ですが、作者である紫式部の生没年や本名は不詳。「紫の上」からの紫、父と兄が式部丞であったことからの式部を繋いで、紫式部と呼ばれているようです。

時を超え、優れた作品が伝え続けられてきたことに感嘆し、「源氏物語」成立の数年前に日本で最初の随筆である「枕草子」が清少納言によって書かれた事も併せ、1,000年以上前の京都で花開いた女性たちの才能を眩しく仰ぎ見ています。

五十四帖から成る「源氏物語」最後の十帖は、宇治を舞台とし宇治十帖と呼ばれていて、宇治川のほとりに(平等院や宇治上神社のほど近く)宇治市が源氏物語ミュージアムを設置しています。

京都と奈良の中間にあり交通の要所であった宇治は、道長をはじめ皇族や貴族の別荘地としても栄えました。


宇治橋にて 9歳11ヶ月


参照: 京都府HP、常用国語便覧(浜島書店)、クリアカラー 国語便覧(数研出版)、日本史B 用語集(山川出版社)、21世紀こども人物館 / 世界遺産ふしぎ探検大図鑑 増補版(小学館)

2020/06/18

宇治上神社(古都京都)

【古都京都の文化財】は、3つの神社・13の寺院・1つの城郭の計17物件で構成されています。しばらくお寺のご紹介が続いていましたが、今回は3つ目のお社、宇治上神社をご紹介します。

京都府宇治市、宇治川をはさんで平等院の対岸に建つ宇治上神社。平安時代後期(1060年頃)創建の国宝 本殿は、現存する日本最古の神社建築です。それぞれ御神体が祀られる3つの小さな社殿が横に並んで建てられ、それらが覆われて一体となる特殊な建築構造が高く評価されました。


現存する日本最古の本殿(国宝)
この中に小さな3つの内殿があり3柱*が祀られています


拝殿(国宝)

*3柱の御祭神 菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)、応神天皇**、仁徳天皇
**応神天皇 5世紀前後に即位したとされる。菟道稚郎子・仁徳天皇 共に応神天皇の皇子。


参照: 京都府HP、世界遺産ふしぎ探検大図鑑 増補版(小学館)、世界遺産検定 公式テキストブック1 概論+日本の遺産(講談社)、詳説 日本史図録(山川出版社)

2020/06/15

平等院(古都京都)

現世の極楽として宇治川のほとりに建てられた平等院。【古都京都の文化財】より8つ目のご紹介は、摂関政治*の最盛期を築いた藤原道長・頼通 親子が遺した平安貴族の寺院です。

父 道長の別荘を、1052年に頼通が寺院に改める。
翌年建立され唯一現存する国宝 鳳凰堂は、堂内に安置されている国宝 阿弥陀如来坐像とともに平安時代後期の名品として貴重。東を正面とし、西方の極楽浄土**を模した平等院の伽藍と庭園は後の寺院建築や庭園様式に多大な影響を与えたとして遺産価値を認められました。

ブログでは、2008年撮影の鳳凰堂をご紹介します。平成の大修理を終え、色彩見事な鳳凰堂は、世界遺産 平等院 公式HP でご覧いただけます。


堂内の阿弥陀如来坐像は、仏師 定朝によるもの

平等院鳳凰堂がデザインされた10円玉が発行されたのは、昭和34年のようです。その他のコインもあわせてご興味ある方は、造幣局のキッズ向けHPで解説されています。

余談ですが、今まで訪れた国内世界遺産の中で、個人的にミュージアムショップが一番洗練されていたと思ったのが平等院でした。


*摂関政治 平安中期(10-11世紀)藤原氏が娘を天皇の后妃とし、孫を天皇に立て自らが外祖父として摂政・関白の地位を独占、国政を左右した政治。道長・頼通が全盛期。

**西方の極楽浄土 阿弥陀如来が西方十万億土のかなたに極楽浄土という仏国土をつくり、すべてをそこへ迎えて悟りに導こうと誓いを立てたという事から、末法思想が流行した平安後期、極楽往生を願い浄土信仰が高まった。 


外部リンク: 世界遺産 平等院 公式HP
参照: 世界遺産ふしぎ探検大図鑑 増補版 / 21世紀こども人物館(小学館)、お寺の教科書(エイ出版社)、世界遺産学検定 公式テキストブック1 概論+日本の遺産(講談社)、詳説 日本史図録 / 日本史B 用語集(山川出版社)

2020/06/12

つれづれなるままに

つれづれなるままに、日くらし、すずりに向かひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。

冒頭の章段があまりにも有名な、兼行法師の徒然草。三大随筆*のひとつでもありますが、その第五十二段で仁和寺の僧についての話が登場します。

仁和寺のある年老いた法師が、かねてから念願の石清水八幡宮へお参りに出かけたが、山麓の末寺をご本殿と思い込み、山の上の八幡宮をお参りせずに帰ってしまったというお話で、すこしのことでも先達がいてくれると良いですねという内容。

石清水八幡宮にて


2012.11.24

つれづれなるままに、日くらし、パソコンに向かいて、ブログを綴り8週間、山桜庵に居て兼行法師や鴨長明に親しみを覚えはじめた今日この頃です。


*三大随筆 
「枕草子」清少納言 1001年頃成立
「方丈記」鴨長明** 1212年成立
「徒然草」兼行法師 1330-1331年頃成立

**鴨長明はすでにご紹介の賀茂御祖神社(下鴨神社)の神職の家に生まれましたが、その職を継ぐことが叶わず出家し隠棲、のちに方丈の庵を結んだとのこと。


参照: 古典B 古文編(筑摩書房)、世界遺産ふしぎ探検大図鑑 増補版(小学館)、クリアカラー国語便覧(数研出版)、子ども版 声に出して読みたい日本語6 春はあけぼの 祇園精舎の鐘の声 古文(草思社)、ちびまる子ちゃんの音読暗唱教室(集英社)、日本史B 用語集(山川出版社)

2020/06/10

仁和寺(古都京都)

門跡寺院*の始まりとして、また、遅咲きの「御室桜(おむろざくら)」が国の名勝として、さらには「京の三大門」のひとつを有する事でも名高い仁和寺。【古都京都の文化財】より7つ目のご紹介です。

創建888年の仁和寺。応仁の乱(1467-1477)で伽藍のほとんどを焼失するも、その後、江戸時代初期に当時の御所より建物を移築し再興。国宝 金堂は、現存する最古の紫宸殿(ししんでん)**でもあり、当時の宮殿建築を伝えつつ仏教建築としての特徴を融合したものとして遺産価値を評価されています。

仁和寺の公式ウェブサイトにて、国宝 金堂御室桜について詳しくご紹介されています。


二王門 重要文化財
知恩院の三門、南禅寺の山門と並んで「京の三大門」のひとつ

2007.10月からスタートした息子との世界遺産ツアー。仁和寺は4日目の拝観でした。
何の事前説明も受けないままに二王門を仰ぎ見た当時9歳5ヶ月だった息子が一言「母さん、この門はすごいね!」。お恥ずかしい事に、すぐにそのすごさが分からなかった母さんは、その場で世界遺産検定のテキストに目を通し、この門が「京の三大門」のひとつということを知ったのでした。旅の初日の奈良 法隆寺から始まり4日間連続で世界遺産の建造物を見続けた息子が、建物の「すごさ」を肌で感じ取れるようになったのだなと感嘆し、母さんはその時、子どもにこそ本物を見せなければいけないと心に誓ったのでした。


仁和寺(にんなじ)
888年創建。宇多天皇(867-931 在位887-897)が醍醐天皇へ譲位したあと出家して入寺。その時、小さな僧坊「御室」を開いたことで「御室御所」とも呼ばれる。門跡寺院の始まり。

*門跡寺院(もんぜきじいん)
皇族や摂関家の子弟が出家して入った寺。

**紫宸殿(ししんでん)
内裏(皇居)の正殿。天皇が政務を執行する所。


外部リンク: 世界遺産 真言宗御室派総本山 仁和寺公式ウェブサイト
参照: 世界遺産ふしぎ探検大図鑑 増補版(小学館)、世界遺産学検定 公式テキストブック1 概論+日本の世界遺産(講談社)、日本史B用語集(山川出版社)

2020/06/08

醍醐寺(古都京都)

【古都京都の文化財】より6つ目。京都最古の木造建築 五重塔を有する醍醐寺です。

874年、標高約450mの山上に開かれ、醍醐天皇の御願寺として伽藍が整備された醍醐寺。951年建立の五重塔や、1121年再建の薬師堂などが往来の姿をとどめるとして遺産価値が認められました。

国宝 五重塔


951年 醍醐天皇の冥福を祈願するため建立
応仁の乱での焼失も免れた京都最古の木造仏塔


醍醐天皇(だいごてんのう)885-930 在位897-930
天皇みずからが政治を行う親政を実施。907年、醍醐寺を御願寺とする。
律令政治の復興に努め荘園整理令を発布。初の勅撰和歌集である「古今和歌集」を成立させた。菅原道真を太宰府へ左遷したことで、穏やかならぬ晩年を過ごしたと言われる。

醍醐の花見 1598年3月15日
時代がくだると醍醐寺は、豊臣秀吉が700本の桜の木を集め生涯最後の盛大な宴を行った場所としても知られるようになる。


参照: 世界遺産ふしぎ探検大図鑑 増補版(小学館)、世界遺産学検定 公式テキストブック1 概論+日本の遺産(講談社)、詳説 日本史B / 日本史 B 用語集 / 詳説 日本史図録(山川出版社)、決定版 日本史新聞(日本文芸社)、週刊 日本の世界遺産&暫定リスト14 古都京都3(朝日新聞出版) 、クリアカラー国語便覧(数研出版)