2020/07/29

龍安寺(古都京都)

サルトルやエリザベス女王が訪れた事でも知られ、枯山水の典型例として世界的に有名な龍安寺の石庭*は、日本の庭園様式に多大な影響を与えたとしてその遺産価値を高く評価されました。




*龍安寺石庭(りょうあんじせきてい)
1499年頃の作。作庭者不詳。幅約25m、奥行き約10m。築地塀で囲まれた長方形の平庭に白砂と大小15個の石が配置されているだけの作り。究極の簡素さが、見る者へ無限の広がりを感じさせ、自由な解釈を与えると言われる。



9歳5ヶ月


龍安寺(りょうあんじ)
貴族の別荘だったものを、細川勝元**が譲り受け、1450年に禅宗寺院とする。

**細川勝元(ほそかわかつもと)1430-73年
管領。応仁の乱 東軍の主将。足利将軍家の家督争いに介入、幕府内の実権をめぐり守護 山名持豊(宗全)の西軍と戦う。


参照:世界遺産ふしぎ探検大図鑑 増補版(小学館)、世界遺産検定 公式テキストブック1 概論+日本の遺産(講談社)、詳説 日本史B/日本史B 用語集 /詳説 日本史図録(山川出版社)

2020/07/26

江戸 東京

1457年 太田道灌(おおたどうかん)江戸城築城
太田道灌像(東京国際フォーラム内)

1590年 徳川家康 入城
1603年 江戸幕府 開府
江戸城 伏見櫓

1868年 東京遷都
1869年 東京行幸




参照:宮内庁HP、日本史B 用語集 / 詳説 日本史図録(山川出版社)

2020/07/23

大海の

大海の 磯も轟に寄する波 われて砕けて さけて散るかも   源実朝

おほうみの いそもとどろによするなみ われてくだけて さけてちるかも   みなもとのさねとも


本文:クリアカラー 国語便覧(数件出版)より

2020/07/15

天龍寺(古都京都)

後醍醐天皇の冥福を祈るため足利尊氏により建立された天龍寺。造営費用調達を目的として元に派遣された貿易船は天龍寺船として知られています。京都五山第一位。

世界遺産としての価値を認められた庭園は、天龍寺建立を尊氏にすすめた夢窓疎石の作とされ創建当初から唯一残る遺構です。枯山水の先駆けであり、借景庭園の原型でもある天龍寺庭園は、後の日本庭園様式に多大な影響を与えました。




曹源(そうげんち)の周辺に木々や草花、石組みを配置。
奥に見える石組みが「登龍門」をかたどる

足利尊氏 1305-58年 
鎌倉時代は有力御家人であったが、後醍醐天皇に通じ討幕。のちに、後醍醐天皇による建武新政に対して武士の不満が高まると離反し、光明天皇を擁して幕府を開き室町幕府初代将軍となる(在職1338-58)。


参照: 天龍寺公式HP、世界遺産ふしぎ探検大図鑑 増補版(小学館)、世界遺産学検定 公式テキストブック1 概論+日本の遺産(講談社)、詳説 日本史B / 日本史B 用語集(山川出版社)、入試によく出る 歴史人物60人(日能研)、週刊 マンガ日本史13 足利尊氏(朝日新聞出版)

2020/07/12

銀の滴

アイヌ神謡 梟の神の自ら歌った謡「銀の滴降る降るまわりに」

「銀の滴降る降るまわりに、金の滴降る降るまわりに。」

シロカニぺ ランラン ピシカン、コンカニぺ ランラン ピシカン


知里幸恵 1903-1922年
アイヌの人々の間で口承によって伝えられてきた叙事詩を「アイヌ神謡集」にまとめた。

NHK for School おはなしのくにクラッシック ウェブサイトにて「アイヌ神謡集」朗読動画が鑑賞できます。


外部リンク: NHK for School おはなしのくにクラッシック
引用・参照: 声に出して読みたい日本語(草思社)、北海道 総合政策部総務課HP、文化遺産オンライン

2020/07/05

慈照寺(古都京都)

前回に続いて足利将軍のお寺、銀閣寺のご紹介です。
「幽玄」「侘び」「寂び」・・・東山文化発祥の地である慈照寺(銀閣寺)は、その後の日本文化へ多大な影響を与え貴重であるとして【古都京都の文化財】の登録物件となりました。

創建当初から残る観音殿(銀閣)と東求堂(とうぐどう)は共に国宝。東求堂内部の同二斎(どうじんさい)と呼ばれる書斎は畳を敷き詰めた四畳半で、今の和室の原型となる書院造り*の最も古い例であり、茶室としても使用されました。

国宝 観音殿(銀閣)
手前の銀沙灘と向月台は近世以降からとも

国宝 東求堂



2007.10.9

東山慈照寺(ひがしやまじしょうじ)
1482年に足利義政が自らの別邸、山荘 東山殿として造営。義政の没後に禅宗寺院となり、義政の法号にちなみ慈照寺と名付けられる。祖父・義満の金閣寺(鹿苑寺)に対して銀閣寺の呼称で知られています。

足利義政 1436-90年
室町幕府第8代将軍(在職 1449-73年)。義満の孫。
後継者をめぐり応仁の乱が起きたが、将軍職を実子の義尚に譲り東山に隠棲。幕政に混乱をきたした一方、東山文化の興隆に寄与。


*書院造り
室町時代成立の住宅建築様式。床・違い棚・付書院・明かり障子・ふすま等を設けることが特徴。


参照: 銀閣寺 臨済宗相国寺派 公式HP、世界遺産ふしぎ探検大図鑑 増補版(小学館)、世界遺産学検定 公式テキストブック1 概論+日本の遺産(講談社)、詳説 日本史図録 / 詳説 日本史 / 日本史B 用語集(山川出版社)、お寺の教科書(エイ出版社)、週刊 日本の世界遺産&暫定リスト08 古都京都2(朝日新聞出版)

2020/07/01

鹿苑寺(古都京都)

お待たせしました。金閣寺です。
足利義満*が別邸 北山殿として1397年に建立。義満の没後に禅宗寺院に改められる。義満の法号にちなむ鹿苑寺(ろくおんじ)が正式名称です。

3層からなる舎利殿(金閣)は、それぞれが異なる建築様式でありながら全体として調和する傑出した建造物としてその遺産価値が認められました。

舎利殿
初層は寝殿造り、第2層は書院造り、第3層は禅宗様

足利義満 1358-1408年
足利尊氏の孫。室町幕府第3代将軍。11歳で将軍となる。
有力守護の勢力を抑え、幕府の地位を確立。南北朝統一。明と国交を結び貿易を行う。京都室町に花の御所(将軍邸)、北山に金閣をつくる。五山制度整備。庇護した観阿弥・世阿弥 父子により能楽が大成。


参照: 世界遺産ふしぎ探検大図鑑 増補版 / 21世紀こども人物館(小学館)、世界遺産学検定 公式テキストブック1 概論+日本の遺産(講談社)、詳説 日本史図録 / 日本史B 用語集(山川出版社)、お寺の教科書(エイ出版社)、週刊 日本の世界遺産&暫定リスト08 古都京都 2(朝日新聞出版)